と思う。いつもの抽象的な話だ。
というのも陳腐な言葉だけど「がんばる」という言葉を近頃は信じたいなと思うわけで。
生来怠け者だし、そんな言葉が信用できない病気にまでなった私が何を今更という気もするけど、今私の周りで起きていることはこれで説明したいので。
どうしても理解するのは難しいものでやはり普通は自分のことしか考えられないか、他人のことを考えたふりをして自分を正当化するかしかのどちらかになりがちのよう。気を使ってるふりの正体は単にはっきりと嫌なコトを口にしたくないことがほとんどだったり。
きちんと何でも自分から出していかないといけないんだねえ。
相手に期待をするばかりで期待したものが出ないと怒る、などというのはかなりきつい。正直そんなものには付き合ってられない。時間は有限だ。
だからやっぱりどう好意的に考えても陳腐なこの「がんばる」を実践しよう。どうせ私たちは死ぬまで確実に生きる。「さぼる」のと「休む」のを区別しよう。間違い。「さぼる」はいいや。「ずるく立ちまわる」のだけ遠ざけよう。自分の行動も他人の行動も。嘘は必要なもの以外はつかない。何も誠実である必要はない。
それができたら周りのがんばってる人にもがんばろうと思う人にもがんばりたいけどがんばれなくて困ってる人にも優しくしよう。
口だけで「がんばって」る人は死んでしまえ。アマゾンが出す酸素の無駄遣いだ。
今すぐ言い訳の考えすぎで死んでしまえばいい。
はらわたを引きずり出して死ぬ時は刃が肋骨にあたって欠けないように気をつけて。手を入れたときに欠けた刃に当たると痛いよ!
そんな人に内臓パズル(ミニ)これ欲しい。
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